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七色のマリンスノー

MAYA姫人魚物語  episode.Ⅱ

 

ある海辺の小さな町に、マヤちゃんと言う女の子が住んでいました。

 

「おじいちゃん。今日も何かお話しして。」

マヤちゃんは、今日もおじいちゃんにお話をせがんでいます。

「そうだな。今日は何のお話をしてあげようかな。」

おじいちゃんは、マヤちゃんの頭を撫でながら、庭から見える遠い水平線を見つめています。そして、ゆっくりとお話を始めました。マヤちゃんはキラキラした目で、おじいちゃんの顔から水平線に目を向けました。

 

昔むかしの事、深い海の底にロンと言う1匹の深海魚が住んでいました。

わずかな太陽の光しか届かない暗い海の底で、毎日毎日せっせと海の底を掃除していました。

 「あ~あ、誰も来ないのに、なんで掃除なんかしてるんだろ?」

「でも、掃除しないと上から色んなものが降ってくるからなぁ。あっ、またペットボトルが降ってきた。全く上に住んでるヤツらときたら、ポイポイ捨てて。」

ロンは、ブツブツ言いながら掃除を続けるのでした。

そんなある日の事、ロンが相変わらず掃除をしていると、目の前に何かヒラヒラと舞い落ちてくる物が有りました。

「なんだぁ?また、何か落ちてきた。」

ロンが、いつものように片付けようと、落ちてきた物を拾ってみたら、それは魚の鱗のような形をしていて、綺麗な色をしていました。

「わぁ、綺麗だなぁ。でも何だろう、これ? 見たこと無いなぁ。魚の鱗みたいだけど。これは、宝物箱にしまって置こう。」

ロンは、掃除はする割には色んなものを、宝物箱にしまう習性が有って家の中は宝物箱でひっくり返っていました。ロンはその中の一つに、落ちてきた物を大事にしまい込みました。

その夜、ロンはもう寝ようと部屋の灯を消して海藻の切れ端を敷き詰めたベッドに潜り込みました。窓の外では、静かにマリンスノーが振り続けています

「また、明日も掃除しないとだめだなぁ。でも、どうせ誰も来ないのにな、馬鹿だなぁ僕って。」 

そんな事を、呟きながら眠りにつこうとした時、宝物箱の一つがぼーっと光を放っているのに気が付きました。

ロンは、何だろうと光っている宝物箱を開けてみました。

なんという事でしょう。宝物箱の中では、あの落ちてきた鱗の様なものが微かな光を放って輝いていたのです。ロンはしばらくの間見とれていました。すると、ロンの耳に素敵な女性の歌声が聴こえてきたのです。その歌声は、孤独なロンの心を溶かすように、優しくロンを包んだのでした。

「素敵な歌声だなぁ。今まで聴いたことが無いや。」

ロンはすっかり夢中になってしまいました。

それから、ロンは毎晩毎晩その歌声を聴くのが楽しみになりました。

そしてついに、ロンはその歌声の主に逢って、直接歌を聴いて見たくなったのです。

「でも、どうしたらいいんだろう?手掛かりがこれだけじゃなぁ。そうだ、いつも上ばかり見ているデメギニスさんなら、何か知っているかもしれない。明日、聞いてみよう。」

そして、その夜は歌声を聴きながら、ロンは眠りについたにです。

 

次の日、ロンはデメギニスの元を訪れ、鱗のような物を見せて聞きました。

「デメギニスさん、こんなのが落ちてきたのですが、これは何なんですか?」

デメギニスは、緑色の目をクルッと90度回して、ロンが差し出したものを見つめました。

「珍しい物を持ってるね。これは人魚の鱗だよ。人魚はここよりもっと浅い所で暮らしていて、太陽の光の下ではその鱗は虹色に光るよ。」

「そうなんですか。その人魚さんには、どうしたら逢えますか?」

「まあ、人魚の周りにはたくさんの魚達が集まるから、目印にはなるけど。海は広いからね。何処にいるかまではわからないなぁ。」

「そうですか。判りました。ありがとうございました。」

ロンは、デメギニスにお礼を言うと、家に帰っていったのです。

その後ろ姿を見ながら、デメギニスはつぶやきました。

「あいつ、人魚に恋したのか。それがどういう事かまだ、判ってないな。」

デメギニスは、その緑色の目をまた90度回して、上を見つめ始めました。なぜだか、その目は少し悲しくみえました。

 

 

 

 

 

 

家に帰ってきたロンは、じっと人魚の鱗を見つめ続けたのです。そして、決意しました。

「よし、人魚さんに会いに行こう。そして、直接歌声を聞こう。」

決めたら行動は早いロン。バタバタと、荷物をまとめて家を後にしたのです。

 

ロンは、とりあえず浅瀬を目指しました。時には海流に逆らいながら懸命に泳ぎ、時には大きな魚に飲み込まれそうになって必死で逃げ回ったりしながら。

浅瀬に着いたロンは、いろんな魚達に人魚の事を聞いて回りました。でも、誰も知りません。それどころか、長旅でボロボロになったロンを見て、話を聞いてもくれなくなりました。家を出てから2ヶ月が過ぎていました。それでも諦めずに、幾つもの浅瀬を巡りましたが、誰も知りません。ロンは悲しくなりました。旅費も底をつきかけてきました。すっかり気落ちしたロンは、最後に辿り着いたアキハバと言う浅瀬で旅の思い出にと、その浅瀬で流行っていると言うローストワカメ油そばを食べることにしたのです。やっとのことでお店を見つけ中に入ったロンは、出てきたローストワカメ油そばを食べながら、悲しくて泣き出してしまいました。その様子を見ていた店の主人が何を勘違いしたのか、ロンに話しかけてきたのです。

「泣くほど美味いかい。嬉しいね。これを作るのに色々試行錯誤してね……」

ロンはほとんど聞いていませんでしたが、主人の次の言葉にハッとしました。

「今度、人魚に1日店長してもらうんだが、その人魚がまた可愛くて歌が上手いんだよ。」

ロンは、口にしていた油そばを思わず吹き出して、主人に聞きました。

「その人魚さんは、どんな人魚さんなんですか?可愛いんですか?綺麗なんですか?歌が上手いんですか?スタイルバツグンなんですか?」(最後の疑問は余計ですが)

店の主人は、顔にかかったワカメを拭き取りながら、店の壁を指差しました。

そこには、店の衣装を着た可愛い人魚が写っていました。気がつけば、店の至る所に貼ってありました。入って来た時のロンは、それにすら気づけないほど、落胆していたのです。

「まあ、ぽよってるって噂もあったが、実際はとても可愛い女性だったよ。」

「えっ、ご主人は会ったことあるんですか?何処に行けば会えますか?教えてください。」

「確かな事は判らないが、ここから西へ行ったところにあるカトゥーラと言う浅瀬に住んでるって話だな。名前はぽよ姫って言ってたよ。」

ロンは、やっと見つけた手掛かりに嬉しくなって、急に元気が出てきました。残っていたローストワカメ油そばを急いで食べると、主人からカトゥーラ浅瀬への行き方を聞いて、アキハバの浅瀬を後にしたのでした。油そばのボリュームがありすぎて、ちょっとお腹が張っていましたが、気にもしませんでした。

カトゥーラ浅瀬への旅も過酷でした。黒潮と言う早い流れに逆らいながら懸命に泳ぎました。何度も何度も流されながら、時には沼津深海魚水族館と書かれた船に追いかけ回されながら、体力の続く限り懸命に泳ぎました。後少し、後少しでぽよ姫人魚さんに会えるんだ、その思いだけが、ロンの支えでした。

 

そして、遂にカトゥーラに着いたのです。長い旅で本当にボロボロになっていたロンを、カトゥーラの魚達は温かく迎えてくれました。そして、ぽよ姫人魚さんの事も良く知っていました。人魚さんがよく歌っている場所も、ロンに教えてくれました。

ロンは居ても立ってもいられず、フラフラになりながらも、その場所へ行きました。休んで行きなさいと言う魚達の優しい言葉に感謝しながら。

そこには、すでにたくさんの魚達が集まっていました。魚だけでなく海亀やイルカ、海鳥達も集まっていました。

そして、その輪の中心にぽよ姫らしき人魚さんが居たのです。ロンは、なんとかその輪の中に入って行こうとしましたが、たくさんの魚達が集まっていたのでなかなか入れません。ほかの魚達も聴きたいんだなぁと思い、輪の外側でじっと人魚さんの歌が始まるのを待っていました。

しばらくすると、タコが弾くギターが始まり、人魚さんの歌が聴こえてきました。その歌声は、長い旅をして来たロンの身体を労わるように、ロンを包んでいったのです。これまでの辛かった旅を思い出して、ロンの目からは自然と涙が溢れました。目の前には、会いたかった人魚さん・ぽよ姫が居ます。でも、涙で溢れているロンの目でははっきり見れません。それでもロンは幸せでした。

ロンは、肩からぶら下げたポーチからあの鱗を取り出し、手のひらに乗せ.全てはこれから始まったんだとじっと見つめていました。

 

その時、水面から射し込む太陽の光が強くなり、ロンが持っていた鱗を照らしました。すると、鱗は輝きを増し、キラキラと七色に光を放ち始めました。そして、ロンの元からぽよ姫の元へ虹の橋を掛けたのです。

ロンは、その橋を渡りました。痛む尾ひれを懸命に動かし、少しづつ人魚さんの元へ。

ついに、ロンはぽよ姫の元にたどり着きました。そして、手のひらに乗せたあの鱗を差し出したのです。

「ぽよ姫さん、僕の家にあなたの鱗が降ってきて。あなたに会いたくて会いたくて、ここまで来ました……」

後は、涙で言葉になりませんでした。

ぽよ姫は、その鱗を手に取り、長旅でボロボロになっているロンを見て、全てを悟ったのです。

 

 

 

そして、ぽよ姫はロンの手のひらに鱗を戻し、優しく握らせたのでした。そして静かに歌い始めました。

 

         ♪その笑顔 その仕草 

           その声も、口癖も、

           情けないほど

           離れないよ

           離さないよ 私を♪

 

ロンは、ぽよ姫の顔を見つめたまま、その歌声に包まれました。

 

        ♪側にいて 側にいて

          ひとりではもう歩けないよ

          側にいて 側にいて

          行かないで

 

          側にいて 側にいて 

          今ならば 言えるのに

          側にいて 側にいて 

          行かないで

          ・・・もう終わったのに♪

 

 

ぽよ姫の歌が終わろうとしたその時です。突然ぽよ姫がロンの事を突き飛ばしたのです。

ロンは、訳が判らず何とか踏ん張って、ぽよ姫の方を見ました。

 

辺りは舞い上がった砂で暗くなっていました。やがて、砂煙が落ち着いた時、ロンの目に映った光景にロンはびっくりしてしまいました。頭上から網が降ってきていたのです。多くの魚達が網にとらわれる中、ぽよ姫もまた、網に捕らわれていました。ぽよ姫は、網からロンを救うために、自分が捕らえられることを覚悟で、ロンを網の外へ突き飛ばしたのです。

「ぽよ姫さん!なんで、僕なんかを。」

ロンは、必死でぽよ姫を助けようとしました。

網にかじりついて切ろうとしましたが切れるはずも無く、逆にロンの歯がボロボロになりました。

それでも、ロンは諦めるはずも無く、何度も何度もかじりついたのです。しかし、どうしても切れません。その内に、網が引き上げられ始めました。茫然としているロンに、ぽよ姫が言いました。

「ロン。貴方だけでも早く逃げなさい。私に会いに来てくれた事が嬉しかったよ。」

「駄目だ!ぽよ姫さんは、これからも歌い続けるんでしょ?みんなの為に歌いたいんでしょ?諦めちゃ駄目だ!」

そんな時ロンの目に、オリハルコンと言う硬い珊瑚の枝が写りました。

 

ロンは思いました。

この浅い海では、僕は生きていけない。もし、生きられたとしてもぽよ姫さんを失ったら、僕は生きている意味がない。それなら……

 

ロンは、その珊瑚の枝を手に取ると、意を決したように網を引き上げ始めている船に向かって突進して行ったのです。船の周りには、網から逃れられた他の魚達がどうにかしようと、取り囲んでいました。みんな、ぽよ姫を助けたい一心でした。

「ロン? 何をする気なの?」

ぽよ姫の言葉に応えず、持てる最後の力で船のスクリューに向かって珊瑚の枝と共に体当りしたのでした。すでに回転し始めていたスクリューに、ロンの身体は深くえぐられ、跳ね飛ばされてしまいました。しかし、硬い珊瑚の枝はスクリューの羽根の一枚をくだきました。

そして、船のスクリューの回転が止まり、網の引き上げも止まってしまいました。船上では、人間が怒鳴り声と共に右往左往していましたが、やがて網を放棄して、残ったスクリューでゆっくり、その場を離れていったのです。

どうにか網から抜け出したぽよ姫は、ロンを探しました。仲間の魚達も懸命に探しました。しかし、どうしても見つかりません。ロンがぶら下げていたポーチだけが、紐の切れた状態で残されていました。

ぽよ姫と仲間の魚達は、何日も何日も探しました。でも、結局ロンは見つかりませんでした。

 

ぽよ姫は、ロンのポーチを胸に抱き、長旅でボロボロになっていたロンの姿を思い浮かべました。

ぽよ姫の目から、一滴の涙がロンのポーチに落ちました。すると、ロンのポーチは小さな貝へと姿を変え、その中にぽよ姫の涙を閉じ込めたのです。まるで、泣かないでと言っているように。

 

今日もぽよ姫は、歌います。みんなの為に、いろんな思いに応える為に。

 

しばらくしてロンが住んでいた家に、七色のマリンスノーが降りつもりました。

その様子を、デメギニスが悲しそうに見つめていたそうです。

 

 

気がつけば、水平線に太陽が沈みかけています。 

おじいさんは、優しくマヤちゃんの頭を撫でながら言いました。

「今日のお話しは、これでおしまいだよ。もうすぐ、ママが迎えにくるよ。あれ、マヤちゃん寝てしまったか。」

「起きてるもん。ちゃんと聞いてたんだから。」

眠そうな目で、マヤちゃんはおじいさんに答えています。

「ロン、どこ行っちゃったの?」

「そうだなぁ、どこかで生きているかも知れないね。神様が姿を変えて、生かしてくれているかも。」

「ほら、ママが迎えに来たよ。また、お話しが聞きたくなったら、いつでもおいで。」

「あっ、ママ! おじいさん、また来るね。お話しいっぱい聞かせてね。今日もありがとう。」

マヤちゃんは、おじいさんに笑顔で答え、ママの所に走って行きました。

「ああ、またおいで。」

おじいさんは、マヤちゃんに手を振り、遠くの水平線に視線を戻したのです。振ったその腕には、何かにえぐられたような傷跡が、無数にありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拙い文章、最後まで読んでもらって、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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